「料理の式」を使って、チーズタルトをおつまみに変えてみた。
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 世界には、スパコンでも数えるのを拒むほど数多くの食材がある。これは人類が太古の時代から、あらゆる物質を我が細胞活動のエネルギーとしてせしめようと躍起になってきたためである。明らかに口にできるビジュアルをしていないが故にいまだに日本人以外には敬遠されがちな「納豆」、そしてテトロドトキシンによる犠牲者を幾度も出しながらも、天に召された命を無駄にせずマグロやカツオなどと同様に食用化を成功させた「ふぐ」などに、人の食に対する本能レベルの執念深さが滲み出ているだろう。

 しかし、最近、一部の料理好きの科学者たちの中では、多様性そっちのけで、食べ物を味気無きシンプルな表現で分類し、さらにはすべての料理を式で表現しようとする試みが行われている。科学者が生み出した「料理の式」とは何物であるかを見てみよう。

科学者が作った「料理の式」とは

 彼らは、Instagramにアップされているあらゆるキラキラ料理さえも、理科の授業に登場する次元で表現する。すなわち、

・固体
・液体
・気体

 である。これに加えて、世の物質のすべては生まれながらにして「水党」「油党」のいずれか(または両方)に属していることも忘れてはならない。

 料理好きの科学者の中で有名なのは、フランスの物理化学者、エルヴェ・ティスである。彼こそが、あらゆる料理を「コタイ・エキタイ・キタイ」というモノクローム抽象概念に落とし込んだだけでなく、「料理の式」なるものを提唱し始めた張本人である。

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(Herve Thisさん https://sites.google.com/site/travauxdehervethis/より)

 ティスの職業病は重篤を極め、お風呂にも入らずひたすらに歴代のフランス料理書のレシピのシャワーを洪水のように浴び続けた。そして1000日目に差し掛かった時、ついに悟りを開いた(※文献なし)。

 ティス「この世のすべての料理は…2つの要素で表すことができる!!」

 神の叡智に触れたティスは、以下のような啓示を伝道し始めた。

「要素1:食べ物の状態を定義せよ」
W(液体)、S(個体)、O(油脂)、G(気体)

「要素2:分子活動の状態を定義せよ」
/(分散)+(併存)U(包含)σ(重層)

 …私を構成する世界は「+ー×÷」だけで十分なのに!記号も式も大嫌い!料理は理性のシステム2じゃなくて、直感のシステム1で、すなわち「腹」で味わうものだってどこかの行動経済学者も言ってた!などなどと、すでに嫌悪感満載な人もいるだろう。

 しかし、騙されたと思ってティスに従ってみると、楽しいチャレンジができるかもしれない。例として、一般的なチーズタルトで考えてみよう。

チーズタルトを料理の式で表すと…?

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 どこまで細かく分類するかは人により異なるが、今回は、油脂を含むものでも、固形のものはS、液体に近いものはOとした。

 チーズタルトのチーズ部分は、チーズ(S1)生クリーム(O)砂糖(S2)が、牛乳(W)の中に分散してできていると考える。つまり、チーズタルトを無機質な式で表すとこうなる。

 S1+S2+O / W

 続いてタルト部分は、砂糖(S1)、小麦粉(S2)、卵(O1)、バター(O2)が合わさってできている。すなわち、

 S1+S2+O1+O2

 となる。まとめると、チーズタルトとは、

 S1+S2+O / W σ S1+S2+O1+O2 !!!!!!

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 えっ…全然美味しくなさそう…

チーズタルトをデザートからおつまみに変換

 違う。今問題なのは、美味しそうかどうかではない。最後に、この式の真価を発揮させてみようではないか。この式をいじれば、この世になかったお菓子を生み出すことができるかもしれないのである。

 まずチーズ部分は、S1+S2+O / Wであるため、Wの部分を牛乳以外の液体にしてみたいと思う。エルヴェ・ティスをはじめとするフランス人に影響されずに日本人のアイデンティティを誇示できる食材といえば…だしあり、旨味である。Wはだし汁に決定である。さらに今回は、チーズに含まれる旨味成分(グルタミン酸とイノシン酸の相乗効果を狙って、イノシン酸を含むカツオだしにしてみた。

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 「だしかつお」の違和感よ…。(※クリームチーズ200g, 卵黄1個, グラニュー糖50g、小麦粉20g、だし1/2本/200mLを使用。)

 小麦粉、卵黄、砂糖を混ぜた中に、沸騰寸前のだし汁を本気で加え、クリームチーズを混ぜあわせ、フィリングが完成。

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 続いてタルト部分は、旨味と塩味の相互作用を狙って、S1の部分を砂糖から塩にしてみる。お菓子の大前提を覆す試みである。しかし、おそらく全量を塩にしたらものすごくしょっぱい。なぜなら、閾値が違うからである。大まかに、1の甘味の量に対して、塩味の場合はその約1/10程度の量で同じ強さに感じることがわかっている。
 これより、塩の量は元のレシピの砂糖の量の1/10にした。料理の式で成功させるには(というより、大失敗させないようにするには)、こうした知覚のしくみも考えながらやると良さそうだ。

 材料は、

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 ではなく

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 である。(※小麦粉100g, 塩5g、卵黄1個、砂糖50gを使用。)

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 生地はなかなか一体感が出ず、ボロボロとしていたが、無理やりまとめることに成功。

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 しかし2時間ほど冷蔵庫で寝かせたら、

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 かちこちすぎィ!!

 思いっきり固まっていて微動だにしなかった…。

 スパチュラで細かく切り落としながら、綿棒で無理やり伸ばしたり繋げたりしながら、なんとかそれっぽくすることには成功。

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 無理やりフィリングも入れ込んで、焼いてみた(180度で35分程度)。

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 そして完成したのが、和風だしと塩タルトによる、おつまみチーズタルト!!!

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 見た目は多少、それっぽい。なお、やはり生地がもろくて型から取り出すのが困難であったため、スプーンですくって食べる方式に。

 ぺろり。

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 ま、まあ…悪くはない……かな??

 少々だしを入れすぎてしまった感は否めないが、チーズとかつおだしは意外と合う。やはり旨味の相乗効果のおかげだろうか。さすがに生地の部分は、味覚の閾値を考慮してもなお塩味が強い感じはしたが、「塩辛」よりはしょっぱくないし、生地とフィリングの相性が最悪というほどでもない。もう少し工夫を凝らせば、おつまみタルトとしての可能性もありうるように感じた。合いそうなお酒は、日本酒やウイスキーであろう。

 かくして、おつまみチーズタルトへの挑戦は無事終了した。

 このように、料理の式を使えば、いまだかつてないお菓子を作ることができそうである。もちろん失敗はつきものだが、時に死者を出しなが先人がら開拓してきた食文化の歴史を考えれば1日2日の失敗なんて大したことではない。新しいおいしさを生み出したい時は、料理の式からインスピレーションを得るのも良いだろう。

 (※なお、今回のおつまみタルトのレシピは、BAKE CHEESE TARTのレシピとは全く関係がありません。)

おまけ〜料理の式の体験イベント〜

 料理の式をはじめとする分子調理の日本における先駆者といえば、宮城大学の石川伸一先生である。石川先生は著作『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)などで分子調理の紹介をされているほか、自身のブログ『夜食日記』でも面白い挑戦をされている。
 昨年の秋に東京の科学未来館で行われた「サイエンスアゴラ2016」というイベントの宮城大学のブースでは、チーズタルトを例に、料理の式を粘土で直感的に体験できるような展示が行われた。

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 子供の自由な発想が垣間見える…!

 今後は科学畑の中でも、料理を扱うディシプリンが増えて行くかもしれない。石川先生の研究室では、3Dフードプリンターやエスプーマなど最新マシンも導入しながら、食品にまつわる実験を多くなされているので、今後も注目である。

 本稿の執筆にあたり、原稿のご校閲にご協力くださった宮城大学の石川伸一先生に深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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