「噛む」動作を見える化して、「食べやすさ」を測るテクノロジー
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 人間は実に倹約家な生き物である。食べ物を選ぶときでさえも、その性質は遺憾なく発揮される。手間よりも時短、箸よりもスプーン、固形物よりも流動食。労力を割くべきものに溢れる生活において、日常のルーチン的とも言える「食事」が、食べやすい方に食べやすい方にと流れる勢いは、とどまることを知らない。また、将来、老化による身体機能の低下によって、本当に食べやすいものしか食べられなくなってしまう…なんてことだって起こりうる。

 倹約の面でも身体の面でも、食べ物の「食べやすさ」は、味や香り、見た目と並んで、食べ物を選ぶときの大きな基準の一つになる。ただ、食べやすさは、実際に食べてみるまではわからない。私たちが食べる前に食べやすさを知るには、どうしたら良いのだろうか。

 こうした課題に役立つかもしれないのが、食べやすさを「見える化」する技術だ。

食べやすさを左右する5つの要素

 そもそも、「食べやすい」とはどのような状態だろうか。まずは、食べやすさを左右する要素を見てみよう。噛むために大きな力が必要なベーグルや、歯にくっつきがちなキャラメルなど、食品によって口の中でのあり方は大きく変わる。食べている最中のこうした特徴は、大きく分けて5つの要素から成り立っていると言える。すなわち、

 ・噛む回数
 ・噛むのに必要な力
 ・噛む速度
 ・口内への付着性
 ・食塊(飲み込める状態)へのなりやすさ

である。要素を数値で表すことができれば、食品の組成と食べやすさの関係を検討できたり、食べやすさを改善するための方向性をよりクリアにすることができる。次に、これらの要素を数値化する方法を紹介しよう。

食べやすさを測る3つの方法

 神奈川工科大学応用バイオ科学部栄養生命科学科の高橋智子先生の研究室では、粥や野菜などの食品の食べやすさをテーマに研究が行われている。この日も、組成の異なるパンの食べやすさの測定が行なわれていた。食べやすさを測定する方法は、主に三つある。

 一つは、テクスチャーアナライザと呼ばれる装置を使って、食品の力学的な性質を調べるものだ。実験は以下の動画のように行う。

 食品に対して一定の速度と圧力で、おもりのようなもの(プランジャー)を押し付けて引き戻す。これによって、食品の硬さやもろさ、食品のくっつきやすさ(付着性)、まとまりやすさ(凝集性)などを数値化する事ができる。

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 上の図の、ピンク色の面積の高さが「硬さ」、緑色の面積が「付着性」、黄色の面積をピンク色の面積で割ったものが「凝集性」として算出される。プランジャーは人間の歯を想定しており、先が尖っているもの(前歯を想定)や、底面が丸いもの(奥歯を想定)などいくつか種類がある。

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 残りの二つは人に協力してもらう方法で、「咀嚼筋電位測定」と「下顎運動測定」とがある。咀嚼筋電位測定は、噛む時に使われる「咬筋」「顎二腹筋」と、舌を動かすのに使われる「舌骨上筋群」に電極を貼り、食べている時の筋肉の収縮に伴う電気の流れ(電位)を測定するものである。

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 筋活動の変化を追うことにより、食べやすさに関わる要因の状態を知る事ができる。たとえば、食べ始めの頃の活動からは硬さ、咬筋の活動と舌骨上筋群の活動の比からはくっつきやすさ、舌骨上筋群の活動からは飲み込みやすさ、といった具合である。テクスチャーアナライザで測定した結果と照らし合わせる事で、より食べやすさの理解を深める事ができる。

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 なお、この波形は、高橋先生によれば「咀嚼美人」なのだそう。

 もう一つの下顎運動測定は、下顎の前歯の外側の面にマグネットを取り付け、そこから発生する磁場の変化を検出する。この手法で実験を行う時は、歯科医の同伴が必要である。噛む動きに伴って、マグネットの位置がX・Y・Z軸上の座標として示される。この座標の変化を、波形のように描き出す事で、飲み込むまでの咀嚼回数や、噛む平均速度や最大速度がわかる。

 高橋先生はこれらの測定法を使って、これまでに、お米の種類が異なるおかゆの食べやすさや、食べやすいゴボウの特性を調べてきたほか、大手食品メーカーとも共同研究を行っている。

大切なのは、見た目との一致感

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(高橋智子先生)

 どのような食材においても、一般的に「食べやすい」とされているものは、噛む回数が少なく、弱い力で噛むことができ、口の中にも付着せず、飲み込むまでの時間が短いような傾向があるようだ。ただし、食品ごとに好まれる性質は異なる。ポテトチップスであれば、パリっと数回の咀嚼で壊れやすいものが好まれ、グミのようなものであれば、何度も噛む必要があるようなものが好まれるだろう。商品の中には、あえて「食べにくい」テクスチャーが個性となるようなものもある。

 高橋先生によれば、見た目から期待される食感と実際の食感がズレていないことが、その食感への好意度を左右するという。「見える化」による客観的な指標のみならず、人の感性的な領域をも考慮しながら総合的に食品を設計していくことが大切であろう。今後は、「からさ」「あまさ」のように「食べやすさ」がパッケージに段階表示されるようになるかもしれない。

 本稿の執筆にあたり、インタビューおよび原稿のご校閲にご協力くださった神奈川工科大学の高橋智子先生に深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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