「さくら味」の科学──さくら味の成分は生存競争に必要だった
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 この季節になると店頭に並び始める、さまざまな「さくら味」。桜の花は鑑賞するものであり、「花見」と称して飲み会を開催する口実として利用されるものであって、食べるものではない。それでもなぜか、「さくら味」と聞けば、日本人なら誰もが共通して思い浮かべる特有の”味像”を持っていることだろう。

 さくら味とは何者なのか。その甘い魅惑に隠された真の姿を見てみよう。

さくら味ができるまで

 「さくら味」の多くは、桜の葉を塩漬けにすると出てくる、ある成分によって作り出されている味だ。

 乾燥している時には強い香りを持たなかった桜の葉は、この塩漬け作業を行っていると、「さくら味」らしい香りが出てくる。細胞から水分が失われていく途中で、細胞の中に含まれているさくら味の元となる成分にも変化が訪れるためだ。特に、葉が柔らかく成分が抽出しやすいことから、オオシマザクラの葉を塩漬けするのが一般的なようである。

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 葉を塩水に漬けると、葉の細胞中の水分が外に出ていく。これは、細胞の膜の性質が関係している。細胞膜は、膜で区切られている内外のイオンの濃度を一定に保つために水分を移動させる性質を持っている。葉を塩水(塩化ナトリウム溶液)に漬けた時には、葉の細胞の外側のイオン濃度が高くなるため、細胞から外に水が出て行こうとするのだ。

 さくら味の元となる成分は、細胞内の「液胞」と呼ばれる水分が豊富な区画の中で、「o-クマリン酸配糖体」と呼ばれる状態で存在している(*1)。ところが、塩漬けの過程で液胞が崩壊し、細胞の外まで流れ出ると、葉の中に含まれる「βグリコシダーゼ」という酵素のはたらきによって、「o-クマリン酸」という物質まで変化する。さらに、「ラクトン化」という構造変化が起きて、「クマリン」に変わる(*2)。こうしてできたクマリンこそが、さくら味の正体なのだ。

 なお、さくら味は春を代表する味だが、葉に含まれるo-クマリン酸配糖体の量は、秋に一番多いらしいことが知られている(*1)。もしかすると、秋の桜葉を使った方が、より濃厚なさくら味がに作れるのかもしれない。

さくら味の成分はサバイバルに必須?

 しかし、桜は私たちに「さくら味」を生み出すためにクマリンを作るわけではない。桜にとってクマリンとは何者なのかを考えてみると、実は、外敵から身を守るための物質であることがわかっている。クマリンには、周りの植物の種子の発芽や成長を抑える働きがあることが知られているのだ(*3)。植物は動くことができないため、基本的には生えてしまった場所でいかに成長するかに全てがかかっている。ここで、他の植物との間では、太陽光や養分の取り合いが静かに行われている。桜の場合は、クマリンによって他の植物の育ちを阻止することで、自らの成長を勝ち取っていくのだ。

 つまり、クマリンを濃縮した「さくら味」とは、生存競争に勝ち取るための努力の結晶の味なのである。このような、植物が出す化学物質が他の植物の育ちを邪魔するような作用のことを「アレロパシー」と呼ぶ。(リンゴから出るエチレンが隣のバナナの成熟を促すような、他の植物の育ちを促進するタイプのアレロパシーもある。)

 桜以外にも、日本らしい食べ物の原料となる植物のいくつかではアレロパシーが見られる。

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 たとえば、日本を代表する麺といえば蕎麦。蕎麦の原料となる植物のソバには、「ルチン」や「ファゴミン」といった物質が含まれており、これらの物質が周囲の雑草の育成を抑える働きを持っているようだ(*4)。

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 また、和菓子屋さんでお目にかかることの多いヨモギにも、「マトリカリアエステル」「ラクノフィルムエステル」という物質が含まれており、周囲のイネやススキなどの植物の発芽を抑えることが知られている(*5)。

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 さらに、日本で収穫されるクルミ(オニグルミやクログルミ)の木の根には、「ユグロン」という物質が含まれており、これがアカシアなどの植物の育成を抑えるという(*6)。

 私たちが美味しい美味しいと堪能しているものの中には、外敵となる他の植物の生育を抑えるために作られた物質がある。しかし、現代において、植物の本当の敵は、我々人間であろう。クマリンの存在は逆に私たちに、「さくら味はおいしい」と思わせている。これでは、外敵を防げていないどころか、自ら胃の中に入ることを助長することになってしまう。植物の生き残り戦略として、人間という比較的新しい外敵には対応しきれていないのか、はたまた人間が「栽培」してくれるようにあえて人の好みとなるような物質を作っているのかは、わからない。植物はこの先、億年単位でどのような進化の戦略を獲得していくのだろうか。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

参考文献

*1 サクラの葉のクマリン成分の研究
*2 Glucosides of Coumarinic and o-Coumaric Acids in the Tonka Bean
*3 Discovery and Weed Inhibition Effects of Coumarin as the Predominant Allelochemical of Yellow Sweetclover ( Melilotus officinalis)
*4 アレロパシー研究の最前線
*5 植物群落と他感作用
*6 オニグルミのアレロパシー活性がニセアカシアの実生の初期生長に及ぼす効果

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