料理体験は、もっと拡張できる。「キッチン」を再定義した先にある未来とは。
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 「キッチンはもっと変わるべきだ」

 食べることは、万人に共通する毎日の営みである。自らが行うか、人に行ってもらうかは人それぞれとはいえ、そこには「料理」という行為が欠かせない。よくよく考えると、料理のプロセスは複雑であり、手間もかかる。食材の調達から調理、演出、おもてなしに至るまで、すべての作業を毎日一人ひとりが行うのは、大変な労力を要することだろう。

 これまで、料理は一人で行うものであった。しかし、働き方が変わり、社会が変わり、人々の生活スタイルが変化する中で、こうした料理のあり方に疑問が向けられつつある。人は、周囲の環境と相互作用しながら行動を決定してゆく。料理を行う場であるキッチンを環境として捉えた時、今のキッチンは最適な環境と言えるのだろうか。

 このような問いを持つのは、株式会社インフォバーンでデザイナーを務める、木継則幸さんだ。木継さんは、同時に、未来のキッチンに大きな可能性を見出されているようだ。デザイナーならではの視点で描かれる、その独創的なビジョンに迫ってみよう。

KITchen.を使えば、誰でも”いい感じ”に料理ができる

 これからのキッチンは、どのように変化していくのだろうか。この問いに対する答えの一つが「KITchen.」だ。KITchen.とは、ユーザ一人ひとりにあった食材やレシピ提案、調理ナビゲーションがなされる、パーソナルな料理支援サービスだ。

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(KITchen.の全体像を示すフレームワーク。プロジェクトの主要メンバーはデザイン・ディレクター辻村さん、テクニカル・ディレクター可兒さん、アート・ディレクター軸屋さん、エンジニア池田さんの4名。)

 この構想は、コミュニケーションデザインを得意とする株式会社インフォバーンの研究開発チーム「INFOBAHN DESIGN LABO.(通称IDL)」によって提案された、近未来のキッチンの姿だ。これは、「CREATION IN THE LIFE」という「創造性」をテーマとした研究課題の中の1プロジェクトだという。

  はじめに、このサービスではユーザ個人の生体データをサーバに送信し、会員登録をする。ここでは食べ物の好みやアレルギー、健康状態のデータが送られる。登録が済むと、モーションセンサーや温湿度計が搭載された調理器具が自宅に届く。

 続いて、その時のユーザの状態に最適な献立と材料が届く。調理は、キッチン上で示されるピクトグラムに沿って進めていけば完成する。ピクトグラムとは、それぞれの動作を意味する視覚的な記号であり、調理プロセスのナビゲーションを担うものだ。このナビゲーションは、複数の料理が同時に完成するように自動的に設計されている。
 また、個人で使うだけでなく、子供と一緒に料理するなど、ユーザの希望に応じたナビゲーションの提案も可能となっている。

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(hu+g MUSEUMでの公開デモの様子。パンケーキ作りを楽しみながらKITchen.のナビゲーションシステムを体験できる。)

 このサービスを使えば、忙しい社会人も、料理に苦手意識のある人も、気軽に料理にとり組むことができる。料理のプロセスを最適化するだけでなく、料理という創造的な行為を後押しし、料理にポジティブな体験としての記憶を付加してくれるのだ。

人の生活には創造性が欠かせない

 利便性ではなく創造性のためのテクノロジーを料理の場に導入する視点を与えてくれたKITchen.。現段階では、料理のハードルを下げて料理への主体性を引き出すための設計がなされているが、料理体験はもっと拡張できるという。IDLの木継さんに、KITchen.に込められた想いや、未来におけるキッチンと人々の関わり方に対する構想を語っていただいた。

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KITchen.は「創造性」がキーワードですが、なぜ今の時代に、創造性が求められるのでしょうか。

木継インターネットやテクノロジーによって、一般の人がごく自然に生産活動ができる環境が整ってきていますよね。そうした中では、人が本来もっている創造性を引き出すプロダクトやコンテンツが求められていると感じています。

創造というと芸術のようなものが想起されますが、一般人の私たちの創造性は普段どんなところに現れているのでしょうか。

木継家の中ひとつとっても、人の創意が発揮される場面は多様です。ささいなこと、たとえば家具の配置を変えるようなことでも、そこに新たな動線や新たな感情が生まれるのであれば、それは創造性的といえます。最近ではそうした創意工夫を引き出すプロダクトも増えてますよね。たとえばお掃除ロボットのルンバやSONYの超短焦点プロジェクターが人気なのも、単に便利なだけじゃなくて、自分の部屋を工夫する楽しみあるからだなんて言われています。そんな余地があるからこそ、多くの人に受け入れられるのではないでしょうか。

なるほど。いつもは無意識に当たり前のように行っているような行為も、創造的と言えるのですね。

木継どんなに機械化が進んでも、人はものを作ったり、工夫したりしてしまうものです。KITchen.はそんな主体性を潜在的に、かつ「事前対処的に」サポートするシステムです。

事前対処的にというと、システムがあらかじめ問題を予測して回避するよう指示してくれるというイメージでしょうか。

木継そうですね、たとえば料理をする時、スマホでレシピを見たりわからないところを調べたりしながら作ることってありますよね? これは、何か困ったことが起きてからサポートをする、つまり“先”に課題が生じ、“あと”から解決するという構造になっています。そうじゃなくて、あらかじめどのようなことが課題になるのかをテクノロジーを使って先読みし、空間全体でサポートしていきます。

KITchen.のピクトグラムによるナビゲートも、課題を先読みしてサポートするしくみなのですね。

木継たとえばレシピを読んだりと言語に依存するのではなく、視覚や音で直感的に理解することで、よりスムーズな動きをサポートできる点もポイントです。ささいなサポートですが、迷ったり戸惑ったりすることなく気持ちよく調理できる体験は、充実感のある体験として記憶に残ると思います。

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(「ユニバーサル・クッキング・ランゲージ」として開発中のピクトグラム群。写真上はキッチンでのプロトタイピングの様子。調理という動作の中でいかに直感的に理解できるか、ピクトグラムひとつひとつに改良が重ねられている。一番下の図は調理しやすく設計されたピクトグラムを使った料理のタイムライン。)

キッチンの再定義は生活環境そのものを変える

KITchen.のサービスの実用化は検討されているのですか。

木継システム全体を一気に実現するのではなく、部分的に展開できるように設計しています。たとえば生体データを活用したレシピの生成や、センシング機能のついたプロダクト開発など。そしてその背景には、共創の土壌を作るという目的があります。

共創というのは、新たな価値やビジョンの設計からその実現手段まで、企業同士や企業と顧客で作り上げていく活動、と言えるでしょうか。

木継そうですね。体験のレベルが上がれば上がるほど、一つの企業で体験を作ることが難しくなり、これまでの領域を超えていかざるを得なくなります。“未来のキッチン” という問いを作ることで、今まで関係のなかった組織同士がつながるきっかけになります。

料理という領域においては、どのような共創がありえるでしょうか。

木継先ほど挙げたレシピやプロダクトのほかには、たとえば買物体験を変えられると思います。生産地やメーカー、そしてIT、物流企業がつながれば、電子タグやドローンを使って、レシピデータや冷蔵庫と連携して必要な分だけの食材をタイムリーに入手することもできるでしょう。そうすれば利便性が上がるだけじゃなく、最適な食料分配のしくみ作りにつながります。

共創のきっかけを作ることは、料理の体験だけでなく、生活スタイルそのものを変革させうる可能性も秘めているんですね。

木継料理という行為を紐解いていくと、たくさんの拡張の可能性があります。たとえば料理とコンテンツの結びつきを考えてみる。タイマーのなかった中世ヨーロッパでは、レシピに「祈祷書を3回唱えて待つ」のように書かれていました。テクノロジーの進んだ今では、もっと柔軟に一つひとつの動作とコンテンツを結びつけることができます。調理の待ち時間にできる他の家事を提案したり、待ちの1分間でみれるコンテンツを提案したりするようなしくみを作るのもその一つかもしれません。

料理にとどまらず、家事全体のナビゲーションをしてくれると、料理や家事に対する捉え方も変わっていきそうですね。

木継キッチンの構造自体にも、捉え直すポイントがあります。時代が変わっても、料理は女性が行うものという先入観は残り続けていますよね。料理というものをよくよく考えてみると、一大プロジェクトです。予算管理から、食材の調達、管理、献立を考え、作って人をもてなし、道具のメンテナンスもして。もっとほかの発想、たとえば調理という作業を何人かでシェアしていくような発想があってもいい。多くのキッチンが一人で使うように設計されているので、居住空間の中でのキッチンのあり方も変わるかもしれません。

どのようなキッチンが考えられますか。

木継僕の育った田舎の家は台所のすぐ横に土間があって、近所の人がよく入ってきておしゃべりしたりしていました。そんなパブリックなキッチンという発想も、今では逆に新鮮ですよね。このような開かれたキッチンというものを考えると、そもそも料理を一箇所でやらなくてもいいかもしれない。下ごしらえはあっち、盛り付けや最後の加熱は食卓でやるとか。そういったことは、プロダクトで実現可能です。プロダクトやサービスの工夫があれば、機能で分断された家の中をゆるやかにつなげることができます。

そこまでくると、キッチンの概念や境界そのものが曖昧になってきますね。

木継私たちはキッチンを通じて、知らず知らずのうちに自然や環境との相互作用を感じとっています。テクノロジーによって、これからは多くの情報がキッチンに集まってきます。キッチンを、情報を活用して創作活動をしながらコミュニケーションを生み出す場として考えると、キッチンはもっと多様に変わる可能性があります。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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6_kitsugi_profile 木継則幸

 木継則幸(きつぎ・のりゆき)。株式会社インフォバーン クリエイティブ・フェロー。1995年武蔵野美術大学卒業。『WIRED』等の雑誌ADを担当後、メディア開発・サービス開発におけるクリエイティブディレクション、UXデザインのほか、ヒューマン・インターフェイスの研究開発に従事。現在はIDL(Infobahn Design Labo.)にて企業や自治体の新規事業開発支援に携わる。1997年NY ADC MERIT AWARD受賞。2015年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品選出。SFMoMA、Milano Salone、Tokyo Design Week等国内外で作品発表。サンフランシスコ近代美術館にパーマネントコレクションとして作品所蔵。十文字学園女子大学非常勤講師。


◎KITchen.:https://www.infobahn.co.jp/idl/kitchen/
◎IDL:https://www.infobahn.co.jp/idl/
◎INFOBAHN:http://www.infobahn.co.jp/

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