理想的な加熱を求めて。ゲーム感覚で料理上手になれる「調理シミュレータ」とは。
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 料理を上達させるためには、日々の試行錯誤が欠かせません。作って食べて、失敗を悟り、次回の改善に繋げる。その繰り返しです。たとえお肉が黒焦げになろうとも、「食べ物捨てるのMOTTAINAI」というDNAレベルで刻み込まれた抵抗不能な生命の本能によって、その日の一食を暗澹たるものとして引き受けざるを得ないこともしばしばです。

 小さな失敗の蓄積はわたしたちのモチベーションをじんわりと蝕んでいきます。気づけば自炊から遠ざかり、キッチンは物置と化してしまう…なんてことも珍しくありません。

 そんな人々に救いを与えるかもしれないのが!「調理シミュレータ」です!

調理シミュレータってどんなもの?

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 調理シミュレータは、その名の通り、調理工程をバーチャルで体験できるシミュレータで、当時東京工業大学に在籍されていた加藤史洋さんが在学中に制作された作品です。このシミュレータでは、本物のフライパンの上に投影される架空の具材を炒めることができます。

 こちらのスゴイところは、食材への熱の伝わり方や色の変わり方などが、本物そっくりになるように綿密に計算されているところ!フライパンの動きもそのまま反映されて食材が動きます。つまり、焼き時間やひっくり返すタイミング、フライパン上での具材の位置などが、そのまま焼き上がりに反映されてしまいます。焼きすぎると真っ黒焦げになるという現実のキッチンにおけるデジャブも、丁寧に再現してくれますよ。

 普通の料理は、調理後に初めて成功か失敗かがわかるものですが、このシミュレータでは食材内部の火の通り具合をリアルタイムで確認しながら調理をコントロールすることもできるので、調理中に成功へと軌道修正することもできます!

 そして、シミュレータを使って最適な焼き方をゲーム感覚で覚えることができると、実際の調理にも応用することができ、料理の腕前がアップされることが期待されるのです!

実際に動かしてみた

 百聞は一見にしかず、まずは実際に使っている様子を簡単にご覧いただきましょう。

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 装置全体はこのように、成人男性並の高さがあります。

 上部に映し出された食材が、ハーフミラーを通じてフライパン上に投影されます。

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 調理は、ハーフミラーからフライパンを見下ろすようにしながら行います。

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 現在焼けるのは、牛ステーキ肉(赤身と霜降り)とエビと野菜です。中でも、ステーキはほぼ完璧な再現ができているようです。具材の量によってフライパンが重くなってくるところもリアルですよ。右手に持っているアクリル板で、架空のフライ返しを操作することもできます。

 焼き出すとジュージューという音も聞こえてきます。そして、焼き続けていると本物のように色が変化していきます。エビは黒青色から赤色に、肉は赤色から茶色に変わっていくのです。野菜なんかは時々裏返しにしないと、裏が真っ黒になりますよ。

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 熱の伝わり具合が見れるモードでは、どの部分に熱が通っていて、どの部分に通っていないかもわかります。表面は焼けていても中身が焼けていない、というステーキにありがちな状態も一目瞭然です。

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 このシミュレータで試行錯誤を繰り返していくうちに、最良の焼き方がわかってくるようです!これでもう高級肉も怖くない…!?

開発には地道な作業の連続

 料理は様々な物質が関係してくるので、何が起きているのかを説明するのが非常に難しい分野のひとつです。科学技術が日々発展している現在においても、その全容を理解するのはとても難しいです。この難解な課題に、加藤さんはなぜ挑戦されるに至ったのでしょうか。最後に、調理シミュレータの開発背景やシミュレータのしくみをお伺いしてみましょう!

 今回は、開発者の加藤史洋さん(右)と、当時所属されていた研究室の長である長谷川晶一准教授(左)にお話を聞かせいただきました!

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9年間の努力の結晶!

この調理シミュレータを作るに至った経緯を教えてください!

加藤元々料理が好きだったので、調理ロボットを作りたいなと思っていたんです。でも、いざ調理工程をプログラムしようとしても、ロボットにどういう動きをさせればよいのかが分かりませんでした。そこでまずは、調理中の動きをシミュレートするしくみを作ることにしたのです。

制作にはどれぐらいの時間をかけられたのですか?

加藤作り始めたのは4年生のときの卒業研究がきっかけです。それから博士過程まで続けました。博士は途中就職しながら6年間通ったので、合計で9年間ぐらいでしょうか。

それはかなりの超大作ですね…!

長谷川途中でバージョンアップを重ねていて、今のは3代目だったよね。初代はフライパンのインターフェースがなく、パソコンに数値を入力して画面上で計算させるようなものでした。

加藤修士の時に、SIGGRAPH(シーグラフ)というコンピュータグラフィック系の国際学会で発表する機会があって、そのタイミングで今のインターフェースを作り、本格的に作り込みをはじめました。

緻密な計算の繰り返し

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このシミュレータはどのような原理で動いているのでしょうか。数学素人にも分かりやすいよう教えてください!

加藤大まかな構造としては、人とシミュレータがフライパンのインターフェースでつながっているものとお考えください。人が実世界のフライパンを動かすと、シミュレータ内のフライパンが連動して動き、フライパンに入った食材も動きます。フライパンから食材への熱の伝達や伝導、焼け具合を計算して表示されるので、食材の調理変化を見て取れます。

フライパンの動きはどのように感知しているのでしょうか?

加藤フライパンには糸がついていて、動きにあわせて取り付けられた糸の長さが変化します。糸の長さの変化から、シュミレータの中でのフライパンの三次元位置と姿勢を計算します。

熱の伝わり方はどのようにシミュレーションしているのですか?

長谷川まずは、熱源がフライパンを熱しますね。実物のフライパンは10層ぐらいの複雑な構造になっているので、熱の伝わり方は非常に複雑です。なので、熱伝導率や比重がわかっている金属を製鋼所から買って、それをモデルに考えました。

加藤IHヒーターを想定して、上から熱カメラで撮影してどの部分にどれぐらいの熱が伝わっているかを見て、シミュレータ上で再現できるように調整していきました。

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IHヒーターのドーナツ状に熱が伝わる様子や、お肉を裏返したときにフライパンの温度が下がる様子も再現されているのですね。

加藤はい、そこが一番手間取りました。金属内や食材内の熱伝導率はこれまで明らかになっている値を参考にすれば良いのですが、フライパンから食材という異なる物質間の熱伝達については、あまりモデルがないので、実験して調べてみるしかありませんでした。

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加藤実際はこのように、食材やフライパンを細かい四面体の集まりと見立てました。四面体の頂点が温度の情報を持っていて、点が接触する面に熱の情報が伝わっていくのです。これであれば、肉をひっくり返したり、フライパンを動かしたりしても、その都度の接触面での熱情報の移動を考えれば、熱の移動を再現できます。

この四面体は何個あるんですか…!

加藤お肉だと3mmに1つぐらいですね。一枚(5cm×2cm×1.3cm)に2579個あります。計算ソフトを作って、1秒間に12回ほどリアルタイムで計算してます。

長谷川この計算ソフトは自作だよね。

こ、細かすぎィ…!

実際の調理でも効果を発揮

このシミュレータはどの程度実際の調理と一致するのでしょうか。

加藤ほとんど完全に一致します!というのも、実際に何度も作ってみて計算と実物が合うように微調整をしているからです。肉を熱カメラで取りながら温度の伝わり方を見て焼いたり、どれぐらいの強さで表面が黒くなるのかを見るために、あえて真っ黒焦げに焼いたり…

裏ではアナログな実験が繰り返されていたのですね…!ちなみに、ステーキを一番よく焼くためにはどうするのが正解なのでしょうか?

加藤片側をじーっと焼いて、熱の伝わり具合を見て裏返し、またじーっと焼いて、終わりです。料理初心者はやりがちなのですが、フライ返しで何度もひっくり返したり、持ち上げてみたりする必要はないのです。

意外とシンプルなのですね。このシミュレータを使っていれば、実際に料理上手になれますか?(女子力あげられますか?)

長谷川実際に何人かにこのシミュレータを使用してからステーキを焼いてもらったら、使用前よりも焼き具合はだいぶ改善されていましたね。

得意料理はステーキ!って言えるようになれるんですね…!

”理想の焼き菓子”もシミュレーションできるか?

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うちはお菓子の会社なので、同じようにお菓子のシミュレーションができたら、商品開発なんかにも役立つかなーと思うのですが…!

加藤お菓子は状態の変化が多いので…どうでしょうねぇ。笑 ふくらんだり、最初が液体のものだったりすると計算がかなり大変です。変化を計算するモデルを作ることができれば実現できるとは思いますが、リアルタイムに結果を出すには強力な計算機が必要になるかもしれません。固体のものであればいけると思います。少し実験を追加すれば、できないことは無いと思いますよ。

お菓子はばらつきも大きいので、実際に調理して検証する工程が大変そうですね。最後に、今後の目標を教えてください!

加藤今は肉や野菜しかできませんが、もっといろいろな食材に対応させることができれば、ネットなどで調理工程を全て記録したレシピを公開することができます。レシピ本には「焼き目が付いてきたらひっくり返す」などとあっても、実際みんながどんな色の時にどんな風にひっくり返してるか、わからないじゃないですか。でも、調理工程も一緒に公開できるようになれば、レシピを動作ごと記録・共有できるようになるので、誰でも大体同じようにレシピを再現できるようになると思います。

調理工程が見えると、なぜ失敗したかも後からわかりやすくなり、料理の上達に結び付けられるかもしれませんね。この度は貴重なお話お聞かせいただき、ありがとうございました!!

 本稿の執筆にあたり、インタビューおよび原稿のご校閲、画像のご提供にご協力くださった東京工業大学の長谷川昌一先生、加藤史洋様に深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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