断食をすると体の中で何が起こるのか?分子レベルで解明進む
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 一定期間食物を摂らない断食は、古来より宗教行為として行われてきた。しかし、昨今では、断食のもたらす身体への影響が見直され始め、健康法や疾患予防法としての断食に注目が集まっている。断食を行うと、体の中ではどのような変化が起こるのだろうか。

細胞の老化を遅らせて寿命を延ばす

 最近の研究から、断食は老化を遅らせ、さまざまな疾患を予防しうることが明らかになってきている。私たちの体は約60兆個の細胞が集まってできているが、それらの細胞は日々老化している。老化の原因としては、老化を引き起こす遺伝子がはたらく、細胞内のタンパク質やDNAが酸化によるダメージを受ける、不要なタンパク質が蓄積するなどが挙げられる。断食は、細胞を老化に導くこれらの原因を取り除く働きがあることがわかってきたのだ。

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 人間以外の生き物では、断食によって老化を遅らせた結果、寿命が延びた例もいくつか確認されている。たとえば、遺伝の実験でよく使われる大腸菌や酵母菌といった細菌を、栄養を取り除いた環境で育てたところ、通常の2〜4倍も長く生きたという。また、線虫やハエなども、断食によって寿命が延びることが示されている。

 これらの生物が断食によって栄養枯渇の状態に陥ると、細胞内に変化が起こることが知られている。たとえば、細胞を傷つける活性酸素を取り除く酵素である「スーパーオキシドジスムターゼ」や、細胞を保護するタンパク質である「ヒートショックプロテイン」などの量が増加するようだ。これらによって細胞を老化から守る働きが強化され、寿命が延びたと考えられている。

 人間の寿命も同じように延びるのかを調べるには、長い年月がかかってしまうため難しい。しかし、分子レベルでは、断食が人間の細胞にもたらす影響がわかりはじめている。そのいくつかを紹介しよう。

断食が人の体にもたらすこと

(1)老化を抑えるタンパク質がはたらく

 私たちが食べ物を食べなくなると、体は外からエネルギーを取り込めなくなる。そうなると、すでに体の中にある物質を使ってエネルギーを作り出すしかない。体内のエネルギー源には大きく3つある。グルコース(糖)、筋肉、そして脂肪だ。外からエネルギーが取り込めない時、体はまず優先的にグルコースを消費する。グルコースは血液中を巡っているほか、肝臓の中に蓄えられている。

 しかし、12時間〜24時間ほど断食をしていると、血液中のグルコースは20%ほど低下し、肝臓にあるグルコースも枯渇し始める。この”グルコース飢饉”とともに引き起こるのが、「インスリン」や、インスリン似た構造を持つ「インスリン様成長因子1(IGF-1)」の量の減少だ。インスリンは血液中のグルコース濃度が上がると分泌され、肝臓にグルコースを蓄えるようにはたらきかける。断食中にはインスリンが出る幕がないため、その量は減る。また、インスリンの減少に伴って、IGF-1も減少する。

 実はこのインスリンとIGF-1は、細胞の老化を抑えるタンパク質をはたらかせなくして、老化を促進する側面もあることが知られている。食べ物をとらなくなり、インスリンとIGF-1が減少すると、老化を抑えるタンパク質がはたらくようになり、細胞の老化を遅らせることができるのだ。

(2)細胞内が掃除される

 栄養源を外から取り込めなくなると、体はあらゆる方法でそれを補おうとする。その1つが「オートファジー」と呼ばれる方法だ。オートファジーは、2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生の研究テーマであったことが記憶に新しい人もいるかもしれない。

 オートファジーとは、細胞の中にすでにあるタンパク質を分解する現象だ。生物が生きていくためには、さまざまなタンパク質のはたらきが欠かせない。しかし、断食によってタンパク質をつくる材料(アミノ酸)が得られなくなると、必要なタンパク質を十分につくることができなくなる。そこで、すでにある優先順位の低いタンパク質をアミノ酸に分解して、そのアミノ酸をつかって別の優先順位の高いタンパク質をつくるのだ。

 これは飢餓状態に陥った体の一時的な苦肉の策ではあるが、オートファジーによって細胞の不要なタンパク質が除去される場合がある。たとえば、アルツハイマー病の引き金となるのは、「アミロイドβ」と呼ばれる不要なタンパク質の蓄積であるなど、不要なタンパク質の蓄積は老化や疾患を引き起こすことがある。細胞内の環境が整備されることは、老化の予防につながりうるのだ。

(3)神経の健康を促す

 また、人間やマウスでは、断食を行うと、脳の一部の領域で「脳由来神経栄養因子(BDNF)」という物質の量が増えることが分かっている。BDNFは、神経細胞の栄養として知られている物質だ。

 BDNFが増加すると、神経細胞を新たに作り出したり、神経細胞同士のつながりを強化したり、損傷による神経細胞の死滅を防ぐようなはたらきをする。その結果、記憶や認知機能が向上したり、気分が改善されることもあるようだ。

 BDNFの他にも、神経細胞を健康に保つ変化が起こることが分かっている。たとえば、抗酸化作用を示す物質やタンパク質が正常に機能するのを助ける物質が増えたり、細胞の炎症を引き起こす物質が減ったりするようだ。断食は、脳の老化を防止することにも関わっているようである。

 このように、断食は人の体においてもさまざまな影響を与えるようだ。なお、週に2日ペースなど定期的な断食を生活に取り入れる場合、脳と体が新しい食生活に慣れるまでには3〜6週間かかるという。むろん、過度の栄養失調は禁物だ。自分の身体にあった断食法を選んだり、長期にわたる断食を行ったりする場合は、専門家による指導を受けた上で実施するのが望ましい。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

 

参考文献
Valter D.L., Mark P.M. (2015), Fasting: Molecular Mechanisms and Clinical Applications. Cell Metab., 19(2):181-192.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3946160/

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