おいしさはイリュージョン?見た目と味が違う時、脳はどちらを信じるのか。
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 私たちは普段、目の前に差し出された食べ物の味を疑うことはしないだろう。リンゴならリンゴの味がし、ミカンならミカンの味がすることを。しかし、もし見た目はリンゴなのにミカンの味がする場合、私たちはその食べ物を何であると判断するだろうか。

 食べ物の味を感じるのが舌だけでないことを体験させてくれるのが、「メタクッキー」だ。

知覚体験を変える「メタクッキー」

 目の前に、焼印のついた一枚のプレーンクッキーがある。

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 このプレーンクッキーを、このヘッドセットを装着して見てみよう。

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 ヘッドセット越しには、クッキーの見た目がチョコクッキーに変わる。それと同時に、チョコレートの香りも漂ってくる。

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 クッキーを口に近づければ近づけるほど、チョコレートの香りは強まる。

 そのまま、口に運び、一口目を嚙み砕く。

 さて、このとき、クッキーは何味がするのだろうか。

味の認識は「マルチモーダル」な体験

 東京大学大学院・情報理工学系研究科の鳴海拓志先生の開発したVRシステム「メタクッキー」は、クッキーの見た目と香りを変える装置だ。先のように、見た目と香りをチョコレートに変化させると、なんと7割の人が「チョコクッキーの味がする」と感じるらしい。本当はプレーンクッキーであることをあらかじめ知っていても、そう感じてしまうのだ。これは非常に不思議な現象ではないだろうか。なぜこのようなことが起きるのだろうか。開発者の鳴海先生にお伺いしてみた。

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改めて、メタクッキーの概要を教えていただけますか。

鳴海クッキーに対して視覚と嗅覚の情報を追加することで、クッキーの味の認識を変化させるシステムです。チョコ味だけでなく、ストロベリー味や紅茶味など、7種類ほどのクッキーに変えることができます。

どのようなしくみで動いているのですか?

鳴海クッキーに変な焼印が付いていますよね?このマークは、AR(拡張現実)でよく使われるものです。マークをヘッドセットが認識すると、ヘッドセットのディスプレイ上で、マークの位置に味の付いたクッキーの画像が表示されます。で、香りはこの装置から送っています。装置に食用の香料を入れて、鼻の位置までそよ風程度の風を送るんです。クッキーを近づけたり遠ざけたりすると、画像の大小や香りの強弱が調節されますよ。

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見た目と香りが変わるだけで、味の認識が変わってしまうのですか。

鳴海食べ物の味は、口の中や舌で味わっていると思われがちですが、実はそれ以外の五感も大きく影響しています。むしろ、味覚よりも、嗅覚や視覚のウェイトが大きいことがわかってきています。こうやって複数の感覚を使って認識することを”マルチモーダルな知覚”と呼ぶのですが、最近は味やおいしさの認識に対する五感の役割に注目が集まっています。

同じ長さだとわかっていても違う長さに見えてしまう錯視のように、見た目や香りの追加情報が入ってきてしまうと、その先入観に抗うのは難しいのですね。

鳴海そうですね、途中で味が変わるシステムであることを知った上で食べてもらっても、実験に参加した7〜8割の人は、味が変化したと錯覚しました。

そんなに!味を変えるには、見た目と香りの両方を変える必要があるのですか。

鳴海両方変える方が効果が大きくなります。香りだけを変化させる実験も行いましたが、香りだけでは、味が変わったのはわかるけれど何の味なのかが判断できないことが多いようですね。そこに視覚情報を足すことで、あ、これはストロベリーだ、チョコレートだって、わかるようになります。

確かに、もし赤紫色のグミがあったとして、それが何味かの情報がなければ、りんご味なのかぶどう味なのか、はっきりわからないことって、ありますね。

鳴海食べる前にそれが何であるかを認識していることも、味の認識においては重要です。たとえば、麦茶を飲もうと思ってコップに注ぎ、口にしたとき、それが間違えてめんつゆだったら、吹いちゃいますよね。最初からめんつゆだと思って飲めばそんなことは起きませんが、想定と違う味がくると、本能的な防衛反応が働いて吹いてしまうし、まずいと感じてしまいがちです。

VR研究は人間の理解を深める

どのような経緯で「メタクッキー」を作ろうと思われたのですか?

鳴海うちはVRの研究室で、リアリティを生み出す五感のインターフェースをずっと研究しています。香りを出すVRも作ってみてましたが、香りの物質は何千種類もあるので、色の三原則みたいに自由自在に香りを生み出すのは難しいんですよね。となると、味の認識にも香りが重要だから、味のVRも難しくて。でも、そこに視覚の情報がプラスされると、数種類の香りからいくつもの味の体験が生み出せることがわかったんですよね。

なぜクッキーを選んだのですか?

鳴海最初はジュースでした。「おばけジュース」というやつで、液体をLEDで光らせて、香りを発生させて飲むんです。でも、色から想起できるイメージはものすごく曖昧なんです。フルーツのジュースではどれも見た目が似ているので、細かな味の違いが想起できませんでした。そこでもっと味と香りのバリエーションがあるものということで、クッキーを選びました。

弊社のチーズタルトも似たようなサイズですが、メタチーズタルトは作れますか?笑

鳴海できるとは思いますが、こだわって作られているので、そんなことしなくてもいいんじゃないかと(笑)。でも、VRはインタラクティブに目の前で味を変えられるのが強みなので、味の再現がうまくできるようになれば、お店の商品でも、食べながら途中で違う味に変えたりできて面白くなるかもしれないですね。

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将来的に、お店やどこかで実装するご予定もあるのですか?

鳴海チャンスがあればありうるとは思います。実際に使った人からフィードバックを頂ければ、それを反映させてまた進化させていけますしね。他には、味気ない病院食に応用したり、苦手な味に慣れる手段の一つとしても使えるのではないでしょうか。

単なるエンターテイメントとしてだけではなく、VRは現実の課題解決にも活用できるのですね。

鳴海そうですね、VRの研究を通じて、人の認知や感じ方の研究を進めることもできます。たとえば、メタクッキーのように香りで味を感じさせようとする実験の中で、呼吸のタイミングが重要だとわかってきました。もぐもぐしながら息を吸ってるときよりも、吐いてるときのほうが、メタクッキーでの味の錯覚の度合いが大きかったんです。こういう発見があると、人がどのように味を認識しているのかを解明することに繋がっていきます。

VRは研究手法の一つにもなりうるんですね!

鳴海VRと現実は切り離されているのではなく、連続していると思ってます。たとえば、体にセンサーを付けて太鼓を叩いて遊べるVRを使った実験の例では、自分がネクタイを締めたスーツ姿のアバターだとあまりうまく叩けないのですが、アフロな黒人のアバターになると、手の振りが大きくなってノリノリになるという結果が得られています。VRを体験することで現実がVRに近づくし、VRも現実に近づいているのだと思っています。

 本稿の執筆にあたり、インタビューおよび原稿のご校閲にご協力くださった東京大学の鳴海拓志先生に深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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narumi_2(1) 鳴海拓志

 鳴海拓志(なるみ・たくじ)。東京大学大学院情報理工学系研究科にて講師を務める。専門分野はバーチャルリアリティや五感インターフェース。バーチャルリアリティや拡張現実感の技術と認知科学・心理学の知見を融合し、限られた感覚刺激提示で多様な五感を感じさせるためのクロスモーダルインタフェース、五感に働きかけることで人間の行動や認知、能力を変化させる人間拡張技術等の研究に取り組む。食関連では、食べ物の味を変える拡張現実感システム「メタクッキー」や、満腹感に影響を与えて食べる量を変える拡張現実感システム「拡張満腹感」などを開発している。また、URCFクロスモーダルデザインWGにて、多感覚を活用した体験デザインを議論するワークショップを開催中。

◎研究室:東京大学大学院情報理工学系研究科 廣瀬・谷川・鳴海研究室
◎主な業績(2017年1月現在)
日本バーチャルリアリティ学会論文賞、経済産業省 Innovative Technologies、グッドデザイン賞など、受賞多数。

 

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