卵アレルギーの人でも卵を食べられる未来がくるかもしれない「ゲノム編集」の技術
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 幼少期に発症することが多い卵アレルギー。卵は料理やお菓子、加工食品に至るまで様々な食材に含まれており、卵が食べられないと食事に不自由することも多い。また、子どもの頃の食体験は、その後の味覚形成や食の嗜好に影響を与えるため、できれば卵を使った食べ物の味にも慣れ親しみたいだろう。

 そんな切な願いを抱いている人々に、少しだけ希望を与えられるかもしれない。

アレルゲンを作らないニワトリが生まれた?

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 卵に含まれるアレルギーの原因となる物質(アレルゲン)は、卵の中で分泌されるタンパク質であり、「オボアルブミン」「オボトランスフェリン」「オボムコイド」「リゾチーム」などの種類がある。生き物に含まれているタンパク質は、すべて細胞の中にある遺伝子の情報を元に作られており、アレルゲンとなるタンパク質も同様である。言い換えれば、アレルゲンの遺伝子がなければ、アレルゲンが作られることはなくなるということだ。

 産業技術総合研究所の大石勲先生は、アレルゲンのひとつである「オボムコイド」の遺伝子が壊れたニワトリを作ることに成功した。オボムコイドは、白身に含まれているタンパク質で、火を通しても壊れないため、最もやっかいな卵のアレルゲンだと言われている。このオボムコイドの遺伝子を、大石先生はどのように壊したのだろうか。

好きな遺伝子を自由に壊せる「ゲノム編集」とは

 遺伝子を壊すには、3つの方法がありうる。自然に壊れるのを待つか、細胞の外から刺激を与えて壊すか、細胞の中に手を加えて壊すかだ。

 自然界にある紫外線や活性酸素などの働きで、遺伝子に傷が入ることは時々ある。遺伝子が傷つくと、遺伝子を元に作られるタンパク質の性質が変化したり、タンパク質を作ることができなくなったりする。こうした遺伝子の変化を「突然変異」と呼び、突然変異が起こると動物や植物の性質が変わることがある。たとえば、がんの一部は、遺伝子が傷ついて細胞の増殖をコントロールするタンパク質がうまく働かなくなることで引き起こる。

 また、自然な変化を待たずに、化学物質を使って遺伝子に傷をつけるなど、作物の外からわざと刺激を与えて突然変異を促すこともある。このような偶然に変化した遺伝子や、わざと変化させた遺伝子を選んで品種を作ることは、これまでも行われたきた。作物や家畜で行われてきた「品種改良」とは、サイズが大きい、見た目が綺麗など、表面的にわかる手がかりを元に、優良な遺伝子を持つ子孫を増やすように人為的に交配をさせることだ。

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 大石先生は、オボムコイドの遺伝子を壊すにあたり、「ゲノム編集」という技術を使って遺伝子に傷をつけた。これは先の3つのうち、細胞の中に手を加えるパターンに該当する。ゲノム編集では、好きな遺伝子をピンポイントで壊したり改変したりすることができる。今回は、細胞の中に「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」と呼ばれる特別な物質を入れ込んで、オボムコイドの遺伝子を壊した。CRISPR/Cas9を細胞の中に入れると、オボムコイド遺伝子の配列を探し出して、そこにハサミのように切れ込みを入れ、遺伝子を壊すのだ。

人を救うかもしれない遺伝子操作をどう考えるか?

 遺伝子を壊したり改変したりするゲノム編集は、遺伝子操作の一種だと言える。ただし、「遺伝子組み換え」は少し違う。遺伝子組み換えとは、”外から別の遺伝子を入れ込む”ということを指す。ゲノム編集で遺伝子を壊すことは、別の遺伝子を入れているわけではないので、遺伝子組み換えの定義には当てはまらないのだ。もっといえば、傷ついた遺伝子の状態だけをみれば、作物の外から刺激を与えるか、細胞の中に直接刺激を与えるか、という点が異なるものの、品種改良で遺伝子を傷つけた場合と大きな違いはない。とはいえ、ゲノム編集は新しい技術であるため、世界中でまだ正式なガイドラインも整っておらず、さまざまな考え方があるのが現状だ。

 このような遺伝子操作をどのように考えるだろうか。もちろん、抵抗感を示す人も多いだろう。ただ、今回の研究は”一部の人の生活を豊かにすることができる遺伝子操作である”ところに、これまでにはなかった価値があると思う。今までは、早く育つ、虫に強いなど、どちらかといえば生産者側が生産しやすい目的で遺伝子操作が行われていたことが多いのではないだろうか。大多数の人が遺伝子操作を嫌悪するとしても、今回のような目的で用いる場合には、切実に実用化を願う人が一定数出てくるように思う。

アレルゲンのない卵でお菓子作りはできる?

 最後に、この卵は市場にでまわることはあるのか、お菓子に使われることはあるのかなどについて、この研究を実施された大石勲先生にお伺いしてみた。

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今回はオボムコイドを持たないニワトリを作られたとのことですが、このニワトリはオボムコイドを含まない卵を生むのでしょうか?

大石現段階では、オボムコイドの遺伝子を持たないオスのニワトリの作製に成功しています。ニワトリはヒヨコの時点から卵を生むようになるまで7ヶ月ほどかかるので、生まれてきた卵がオボムコイドを本当に持っていないか、アレルギー性が低いかを確認するにはもう少し時間がかかります。

ニワトリの遺伝子操作はかなり難しいとお聞きしたのですが…?

大石はい、ニワトリの遺伝子操作ができるのは世界で4ヶ所ぐらいしかなくて、日本だと産総研だけですね。よく実験で使われるマウスなんかは、受精直後の受精卵を一つの細胞の状態で取り出すことができるので、その一細胞の受精卵の遺伝子をいじってから成長を続けさせれば、遺伝子がいじられた個体を作ることができます。でも、ニワトリは受精してから殻のついた卵として出てくるまでに1日かかります。1日もあると、一つだった細胞は6万個ほどに分裂して増えてしまうんですよね。6万個の遺伝子一つ一つに手を加えていたら…

日が暮れても暮れても終わらないですね…!ギネスブックに載りそう…

大石そうです(笑)。ニワトリで受精卵が1個の時に取り出すには、その度にニワトリを殺さなきゃいけなくなってしまいます。そこで、卵の時点で、殻を割って、精子になる前の細胞を取り出して使うことにしました。その精子の元の細胞の遺伝子をいじってから、温めはじめて2日位経った別の卵の中で出来はじめた血液に、その細胞を入れます。すると、その別の卵から産まれたヒヨコは、成長すると遺伝子がいじられた精子を持つことができます。この精子と卵子の受精卵から次のヒヨコが生まれたら、このヒヨコはいじられた遺伝子を持った個体になりますね。

精子になる前の細胞のオボムコイド遺伝子を、CRISPR/Cas9というしくみを使って壊したのですね。

大石ちなみに精子の元の細胞を取るために殻を開けられた卵の側ですが、温めればちゃんとヒヨコになるので驚きです。

殻が開いた状態でもヒヨコになる…だと…!定点観察してみたい…(じゅるり)

実用化には慎重なレギュレーションが必須

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もし仮にオボムコイドのない卵を取れたとしたら、卵アレルギーの人はこの卵を食べられるようになるのでしょうか?

大石卵アレルギーを持つ人の中でも、オボムコイドだけがアレルゲンで、卵の中の他の物質がアレルゲンになっていないことが確実にわかっている人であれば、可能性はあると思います。気をつけたいのは、卵アレルギーのアレルゲンはオボムコイド以外にもあるし、人によってはいくつかの物質が複合してアレルゲンになっていることもあるということです。

かなり細かな検査をクリアしてからじゃないと危険なのですね。

大石もともとアレルギーを起こしやすい体質であれば、あとから別の物質でアレルギーを起こすようになることもありえます。この卵をアレルギーの人の口に運ぶには、医療機関での厳重なコントロールがマストでしょう。

食用として出回る場合は、まずは病院食のような形から始まるのでしょうか。

大石そうですね。もちろん”アレルゲンのない卵”というのはキャッチーで夢があるお話なのですが、アレルギーは命に関わる問題なので、安易に考えてはいけません。もしも病院食として出回るようになった場合でも、食べさせる対象をきちんと制限して、一件の死亡事故も出ないようにしなくてはならないと思っています。

少しでも卵の味に慣れることができたら、その後の食体験が大きく変わりそうですね。

大石子供の頃に卵アレルギーを持っていても、大人になると治るという方も多いです。それでも、卵に対する嫌い、苦手、という意識は残っちゃうみたいですね。子供の頃の味覚経験は大人になってからの食の嗜好にも影響が出てきますので、子供の頃から卵の味に慣れ親しんでおくことは、食経験を豊かにする上で重要だと思います。卵はあらゆる料理に使われているので。

お話をお伺いしていると、この卵でお菓子を作るのは程遠い未来ですね…!?

大石作ったとしても、誰でも買えるような形で出回ることはほとんど難しいんじゃないですかね(笑)。そもそも、遺伝子操作に対して嫌悪感を示す方も多いですし。遺伝子操作の好き嫌いは個性の問題なので、どういう考えが良い悪いという思いは私にはありません。ただ、今回の場合は、一部の人にとっては大きなメリットがある、ポジティブな遺伝子操作と言える最初の例になるようには思います。

必要な人は手に入れることができ、嫌悪する人の口には絶対に入らないような整備も必要なのですね。

大石もちろん様々な試験を経て安全性が確認された上でのお話にはなりますが、遺伝子操作された食品が出回るためには、まずはいろんな価値観を持った人がいることを認め、それらの価値観を尊重した上で共存できるようにすることが大切だと思います。

 本稿の執筆にあたり、インタビューおよび原稿のご校閲にご協力くださった産業技術総合研究所の大石勲先生に深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈(Facebookでフォロー

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